7歳の頃、テレビは裕福な家庭にしかなかった昭和時代、私は母親にテレビが欲しいと駄々をこねました。当然のことながら、母親はその願いを聞き入れてくれませんでしたが、泣き止まぬ私を見て、「じゃあ、他のものはどう?」と言いました。当時、私の家は小さな文房具屋を営んでおり、その商品は大切なものでした。それでも、母への抵抗の意味を込めて、私は画用紙をねだりました。母は何も言わずに、10枚ほどの画用紙を渡してくれました。

その画用紙に怪獣やヒーローを想像して描き、自分の声でキャラクターになりきり、自由に物語を作りながら、一人遊びに夢中になりました。筆圧が強かったのか、今でもその跡が裏面に残っています。また、油粘土で様々な空想の人物を作ったり、新聞紙で紙粘土を作って空き瓶に人形の顔を作り、近所の子供たちを集めて自作自演の指人形芝居をするまでに発展しました。

満たされない願望は、ひょんなことから絵になり、指人形という形に変わっていきました。ある夏休み、宿題が間に合わず、慌てて紙粘土で怪獣を作り、周りをガラスで覆いましたが、作品が展示された時には乾燥しきれず、全身にカビが生えて思わぬ形になっていました。失敗したと思ったところ、先生から「よく考えましたね」と褒められました。この偶然の作品は、他の人に見せる喜びへと変わりました。

形を具体化すること、これが将来グラフィックデザイナーになった原点だと思います。このWorksページを飾る落書きは、イラストの初期作であり、今は亡き母が大事に保管してくれていたことに感謝しています。現在、制作道具はコンピュータになりましたが、木彫りの猫の制作を始めたのも、これも回帰本能かなとつくづく思う今日この頃です。